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2018年3月1日木曜日

2DRPGに対する危機感の話。

どうも、ノンジャンル人生です。ちょっと気になる話題を見つけたので、ブログに書いていこうと思います。

昨日2/28に突然リリースされたSteam版クロノ・トリガー。その移植度に関して問題が上がっています。本作はスマホ版のベタ移植で、UIやフォントがPC向けに最適化されておらず、Steamの海外コミュニティで炎上し、現在低い評価を受けています。

もうひとつ気になったのがグラフィック。むしろこちらのほうが大きな問題だと思っています。高解像度化を謳ってはいますが、これが違和感のある作りになっています。Steamに載せられていた、こちらのスクショを御覧ください。クリック推奨。


サムネイルだと一見綺麗に見えますが、画面サイズで見てみるといくつもの問題点が見受けられます。

例えばシルバードの光沢がなめらかになっているのにもかかわらず輪郭が角ばっています。雲のつなぎ目におかしい部分があり、キャラクターの顔も潰れてしまっています。多分これは画像を高解像度化するツール(waifu2xみたいなもの)を使い、タイルセットやキャラクターチップを機械的に解像度を上げたのだと思います。こういったツールは見た目は綺麗にしても、並び重なる画像同士の整合性は調整しません。それゆえ、こういった違和感のあるグラフィックになったのだと考えられます。

本日Steamと同時にアップデートされたスマホ版でも同じことが起こっており、スマホゲームメディアの『ゲームキャスト』さんでもグラフィックの問題点を指摘しております。
http://www.gamecast-blog.com/archives/65913674.html

※追記
AUTOMATONが最近の記事で詳細が取り上げられていました。
http://jp.automaton.am/articles/newsjp/20180307-64088/

とりあえずこのブログでSteam版クロノ・トリガーを批判するつもりはありません。IGN・AUTOMATONなど多くのメディアで本作が低評価を受けていることを伝えておりますし、スクエニも先日同じような問題が起きたSteam版ロマサガ2のように修正を入れてくるでしょう。

今回取り上げたい問題はそこではありません。2Dロールプレイングゲームに対する危機感の話です。最近ずっと思っていたことと一連の騒動が繋がったので、ここで書いていこうと思います。

現在国内のコンシューマーでは2DRPGのパッケージソフトは“ほぼ”発売されておりません。据え置き機ではPS2期から2DRPGは3D化の流れに淘汰され、携帯機でもDS・PSP以降では見る機会が減りました。今でも精力的に出し続けているのは、『ディスガイア』などを発売する日本一ソフトウェアのSRPG、『ドラゴンズクラウン』などを開発するヴァニラウェアのARPGくらいでしょうか。

2DRPGが廃れたのが古臭いドット表現だからという意見もあると思いますが、一概にそうとは言えません。現在海外のインディーズゲームではピクセルアートが再評価されて多くのヒット作を輩出しています。日本でも絶大な支持を誇る『UnderTale』を筆頭に、『Stardew Valley』『ショベルナイト』『VA-11 Hall-A』『Hyper Light Drifter』『One Shot』『Owlboy』など、ピクセルで美しく表現された作品を挙げるときりがありません。

Stardew Valley

ターン性バトル、またはJRPG表現が古臭いからという話も上げられるかもしれませんが、去年海外で高く評価された『ペルソナ5』というRPGが、その説に一石を投じています。

さらに付け加えるなら、2Dであったとしても、解像度が低かったとしても、一般の方に面白いと思われたRPGは良い反応を受けてます。それを裏付けるのが、自分の今までもぐらゲームス様に寄稿してきたフリーゲーム記事です。中編~長編RPGの『Tactical Chronicle』『Mystic Star』『Time Flow』『WIZMAZE』『箱庭えくすぷろーら』『芥花』の記事は、「はてなブックマーク」にて評価をいただきました。筆者としてもありがたいことですが、自分はあくまで紹介しただけに過ぎず、そういった魅力ある作品だったからこそ注目されたのだと思っています。

しかし、これだけの材料が揃っているのにも関わらず、2DRPGは中々リリースされません。販売側・購入側に「売れないもの」という認識を払拭しない限り、この問題が解決することはないと思います。

このようにメーカーで長い間開発されないことで起こりうる問題があります。それは2DRPGの開発技術の断絶です。どうすれば美しいピクセルアートが表現できるか、どうすれば2Dに最適なUIを形成できるか、2Dだからこそ活きるゲームデザインはどんなものか、そういった技術が開発されないことで忘れ去られていくのが目に見えてます。

フリーゲーム界隈を見渡せば、2Dでの高度な表現や、デフォルメに適応したシナリオやゲーム性がある作品は沢山あります。しかしあくまでノウハウが継承されない個人の技術であり、またシステムの多くがツクールやウディタに依存しており、市場へ技術が活かされる可能性は低いです。

2Dを活かしたスマホのソーシャルゲームもありますが、そもそもゲームのルールが違うので、こちらから技術を持ってくるのも厳しいかもしれません。スマホに移植された旧作RPGも操作性に関して評価があまり良くなく、そもそもスマホで上手く技術の継承がなされているのであれば、今回の問題は発生しなかったでしょう。

打破出来ないいくつもの状況が重なっており、その認識の低さが今回のクロノ・トリガーの移植で表面化したと見ています。国内最大の2DRPGのコンテンツホルダーであるスクウェア・エニックスですら、2Dに最適なドット表現を安定してリリース出来ていません。SFCのRPG史上で最高クラスの評価を得たクロノ・トリガーの移植でさえこんな状態であるなら、国内で作られたドット表現のRPGの新作が再び注目されることなど、夢のまた夢です。

こういった状況の中で「いや!俺が作ってリリースしてやる!!」と私自身が言えないことが、何よりも悔しいことです。長期制作してきたフリーのRPGですら、完成にたどり着けていない自分が腹立たしい。ここまで問題提起して来ましたが、RPGを作る難しさは身をもって痛感しています。

RPGには、一時代を築いた黄金期があります。SFCからPSにかけて沢山のRPGがリリースされた時期です。FFVII以降3D作品も増えていきましたが、2D作もまた息が長かったはずです。あの頃のRPGの熱量に見せられて、開発者やファンがたくさん生まれました。あの魅力を、途絶えさせたくないのです。


何故、そこまで2Dにこだわるのかというと、3Dでは出せない魅力を感じているからです。自分のベストワンRPGは、PSの『聖剣伝説 レジェンドオブマナ』です。あのドット表現の美しさは3Dにない魅力があります。そして私は今でも、あの頃の2DRPGが成した美しいアートワークの進化の先を探し求めています。

3DのRPGはこれからも人気を博していくでしょう。なのでそこは心配していません。だからと言って2DRPGが消えて欲しくはありません。ですが、時間が経てば経つほど、あの頃を覚えている人も減っていくでしょう。

言いたいことを纏められずにこの話題を終えてしまうのは不本意ですが、これが今の自分の力の限度です。しかし、未だ私は諦めていません。

2017年9月24日日曜日

雑記、RPGに勢いがついてきている?

今回も雑記です。

今年に入って感じるのは、近年まで勢いが全く無かったコンシューマーのRPGに勢いがついてきたのではないか、という話です。去年発売したペルソナ5、FFXV、今年発売したニーアオートマタ、ドラクエXI、今後発売されるゼノブレイド2、オクトパストラベラーと、規模が大きいRPGの躍進が目立ち始めています。それに合わせ、RPGの売り方そのものが変わってきたのかなと見受けられることも多かったので、少し書いていこうと思います。

ひとつ目は、メーカーが国内外での販売を視野に入れたこと。FXVやペルソナ5やニーアは海外でも売上を伸ばしていますね。かつては国内の売上を頼りにしてきたRPGですが、開発規模が大きくなるのに反比例し、国内市場はどんどん縮小しました。ガラパゴス的なゲーム性であったことで、海外ではウケないと思われていた節がありました。しかしアニメやターン制バトルを採用した、コテコテのJRPGであるペルソナ5が受け入れられているところを見ると、実はそうではなかったのかもしれません。

ふたつ目は、ハードの垣根が取り払われたこと。例えば「イケニエと雪のセツナ」はPS4、Vita、Swich、Steamなど、幅広いプラットフォームで売られています。ドラクエヒーローズやビルダーズがSwitch移植されることを見る限り、その傾向はこれから増えていくのではないかと思います。ハード性能に依存しないのであれば、幅広くゲームを提供できるメリットがありますね。もちろん最先端技術を使ったRPGならハードは限定されますが、実際のところ中規模のRPGならそこまでスペックは必要ではありません。大作傾向のゲームばかりだとプレイヤーは疲れてしまいますので、こういったゲームが上手く隙間を埋めてくれると良いですね。(ということで、サガスカーレットグレイスの移植を頼む…)

みっつ目は、プレイヤーの世代交代が進んだこと。RPG以外で近年大ヒットしたスプラトゥーンやマインクラフトから見るに、爆発力を生み出すのは、やはり若い世代をターゲットにしたソフトだと思います。シリーズものRPGの売上が減っていることを考えると、新規層を開拓するのがいかに大切かが分かります。もちろん固定ファンは昔ながらの遊びを求めていることが多く、例え失敗があっても根強く買ってくれることも多く、彼らのことも同時に大切にしなくてはいけません。ドラクエはここが上手く、ソニーと任天堂の両ハードに向けプレイヤーの年齢や嗜好に合わせた派生作品を出し続け、本編のドラクエXIの両ハードの売り上げを同時に伸ばしました。

やはり、ヒット作の背景には時代の変化を感じます。そういえばどのゲームもおしゃれになってきましたね。これもまた時の流れでしょうか…?とりあえず、RPGの流れは今後も追っていきたいと思います。しかし今の自分はVCでFFVにロマサガ2と時代を逆走中。むむむ…。以上です。

2017年4月16日日曜日

『けものフレンズ』という物語を追って

どうも、ノンジャンル人生です。今回はゲームのことは置いておいて、今冬に大ブレイクしたアニメ『けものフレンズ』について書いていこうと思います。あまりアニメの知識はないですが、やはり書いておかねばと思い、キーボードを叩いています。ここまで人気に至るまでの状況を忘備録もかねて整理していこうと思いますので、少し長めですがお付き合いくださいませ。


ニコニコ動画:第一話「さばんなちほー」より

まず前提として、けものフレンズとはなんぞやというところから。このアニメはオリジナルアニメとはちょっと違い、「スマホゲーム」「アニメ」「コミック」などのメディアミックス作品『けものフレンズプロジェクト』の一部として展開されたものです。「女の子の姿になった動物たちが繰り広げる大冒険!」というキャッチコピーの通り、動物をモチーフにした女の子のキャラクターたち=フレンズにスポットを当てています。

多分これだけ聞くと、『艦これ』後に出現したフォロワー作品に思えます。何かを美少女に擬人化させるメディアプロジェクトは、ここ数年の間に大量に出現しては次々と消えていきました。そしてけものフレンズのゲーム版も例外に漏れることなく、ゲーム版がアニメ開始直前にサービスを終了しています。大量に埋もれた作品群のひとつ、それがけものフレンズのスタート地点だったのです。

そんなこんなで始まったけものフレンズですが、やはり最初はほとんど話題になりませんでした。アニメ『けものフレンズ』は少人数体制で制作された3DCGアニメであり、書き込み技術が高いレベルにある同時期のアニメと比べると見劣りする部分が目立ちます。そして第一話は主人公の「サーバル」と「かばん」が出会い、冒険して立ちはだかる敵を倒すという、徹底したテンプレ展開で進行します。会話劇はまるでNHKの子供向け教育アニメのような内容であり、サーバルとの出会いのシーンでは視聴者を置き去りにします。ニコニコ動画で配信された生放送後のアンケートでも、5段階評価の「1:とても良かった」が41%と低めでした。

一見スタートダッシュで躓いた本作でしたが、2話以降になると状況が少しずつ変わってきます。戦闘描写はしばらく控えめとなり、サーバルが子供のようにはしゃいだり褒めたりする様子が「IQを溶かすアニメ」として話題になり始めます。一方明るく憂いのない本編とは裏腹に、エンディングで廃墟の遊園地が映し出されたことで、この物語は「ポストアポカリプス(※)作品なのではないかとSNSで拡散され始めます。

※文明が滅んだ後の世界を描いたジャンル。

その後回が進むに連れ評価が大きく伸び、4話の段階でアンケート評価1が95%を突破します。Twitterではけものフレンズの世界観を考察するタグ(#けものフレンズ考察班)がどんどん拡散され、「このアニメが適当に作られたものじゃないぞ」の噂が広まります。同時に「すごーい」「たのしー」など、あたまをすっからかんにして見られるアニメとして認識され、急速にミーム化され始めました。

けものフレンズは見る人によってまったく違った側面が目に映る作品です。考察要素やIQが溶けるのがすべてではありません。少女達の物語にほっこりする癒やし系作品としての側面、各地方を巡り出会いと別れを繰り返すロードムービーとしての側面、動物達の特徴や習性を学べるドキュメンタリーとしての側面、あるいはネタが乗りやすいアホアニメとしてとしての側面も挙げられます。


すしざんまい」のポーズ

特にニコニコ動画ではコメントでシーンにツッコミを入れる文化が盛んなため、ツッコミ不在の本作とは抜群に相性が良いようです。時事ネタを取り込んでみたり、コメント職人と呼ばれる人々が手の込んだコメントアートを作ったりと、1話を見るたびに違った楽しさを提供してくれます。(まぁしかし、一時期ネタであっちもこっちも伏線だとコメントされていましたが、まさか本当に1話に綿密な伏線が用意されているとは、書き込んだ人達は夢にも思わなかったでしょうね…)

もうひとつ重要な点として、二次創作がしやすいのもけものフレンズの特徴のひとつです。本作の物語は、

①サーバルとかばんとラッキービーストが新しい地方に辿り着く
②その地方に住むフレンズと出会う
③フレンズ達が抱える問題をかばんのアイデアで解決する
④次の地方へ向かう

というシンプルな構造です。内容も、物語を進行しフレンズの特徴を伝えるために必要なものに絞っており、心情などを細かく描写することはありません。世界観に至ってはほとんど説明せず、背景として描かれるものと、会話の中にぽろっと出てくる単語から推測するしかありません。しかし脚本そのものは筋が通っており、毎回ゲストとして出て来るフレンズ達と仲良くなる様子を丁寧に描いているため、結果キャラクターの個性を際立たせつつも、世界観や関係性などを二次創作で埋めるだけの余白を用意するのに成功しています。

例えば最終回に近づく頃になると、サーバルとかばんの別れが迫っていると感づいた創作者達が、彼女達の心境を想像して描いた漫画やイラストを書くようになりました。取り残されたサーバルがかばんを思う漫画や、さばんなちほーでサーバルがひとりかばんの帰りを待つイラストなどが、彼らの手によって生まれました。

しかし実際のアニメで別れを直接示唆する描写は、最終回以外だと10話でのかばんの台詞(=海の外に仲間を探しに行きたい)のみです。一方エンディング曲の二番には別れをほのめかす歌詞があり、そういった限られた情報の中で考察班や創作者達は想像を膨らませていったのです。
けものフレンズ「二次創作に関するガイドライン」

こういった二次創作を受け止める懐の広さを持った本作ですが、例え二次創作が大きく膨れ上がっても本編がまったくブレることなく完結出来たのは、けものフレンズ自体の脚本の完成度が高かったからだと思います。最終回に辿り着く頃には、それまでの物語に伏線が張り巡らされていたことが分かりますし、最終回自体が考察の回答編としての役割を果たしていました。そして広がっていった考察が、けして的外れではなかったことも判明しました。

幾つかの要因が重なって大ヒットしたけものフレンズは、脚本・世界観の構造やネットの巻き込み方など学ぶべきところが非常に多く、視聴したことで得たものは大きかったです。私は途中から視聴し始めた組ですが、すぐにドツボにハマってしまいました。どちらかと言えばアニメ追うのが苦手な自分でも、毎週見るのが楽しみでした。

けものフレンズのアニメは最終回を迎えましたが、新作映像など今後も展開されていくそうなので、今からどんなものが見られるか楽しみです。この作品と出会えて、とても良い時間を過ごせたと思います。

ではでは。

2017年3月24日金曜日

ファミコン版FF3から見る、レトロRPGの評価

どうも、ノンジャンル人生です。現在「けものフレンズ」にめっちゃハマっています。アニメ追うの結構苦手なんですけど、抵抗なく見れてとても良いです。ロードムービーものっていいよね…。

さて今回は先日プレイしたファミコン版『FINAL FANTASYⅢ』についての話。自分が今まで遊んだRPGは古くてもSFCのものだったので、そういった意味では今までで最も過去のRPGに触ったことになります(ちなみにVCです)。

名作と名高いFINAL FANTASYⅢですが、実際に遊んでみると今と昔の評価の違いと言うものを感じました。なので、そういった面も含めて紐解いていこうと思います。

①名作として語り継がれるもの、そうでないもの
FF3といえば「名フィールド曲・悠久の風」「ジョブチェンジ」「ナーシャ・ジベリの飛空艇プログラム」「長過ぎるラストダンジョン」などが有名でしょう。実際にプレイしてみると確かにそういったところは特に印象的でした。しかし、それがすべてではないのがFF3です。

例えば黒魔道士。FFおなじみの職業ですが、歩行のドット絵が可愛らしく序盤は戦闘キャラとして愛用していました。しかし中盤前衛キャラの連続ヒットが伸びたことで、火力と速度不足に悩みお役目御免。泣く泣く外しましたが、終盤魔人が加入した時の黒魔法が想像以上に優秀で驚きました。

ハインの城といえばハインのバリアチェンジが有名ですが、それより印象的だったのは道中の混乱連発。会う敵会う敵混乱を使う上、前衛ヒット数の増加と相まって、恐ろしい目に会いました。

FF3を実際にプレイすると、こういったあまり知られていないエピソードが山のようにあります。しかしゲームは時間が経つに連れ、情報が削ぎ落とされた状態で評価されていくのだと実感しました。そういった意味を踏まえると、世間が名作や駄作として扱う作品でも、自分でプレイすることで新たなる発見があるのかもしれません。

②ユーザビリティは後発作品の方が進歩している
時の経過とともにゲームは良い悪いのカテゴリ分けされていきますが、例え世間的評価の低い作品でも、古い作品に勝っている部分があることは多いです。そのひとつがユーザビリティ(プレイの快適性)です。例えば装備の付け外しに関しては、FF3と後発のFFを比べたら天地ほどの快適性の差があります。しかしFF3もそれ以前の作品の悪い点を改良してこの状態になっているのです。

古いゲームは、その時期のゲームの快適性によって評価が変動します。その時の基準、今の基準はまったく違うものです。なので「名作らしいから完璧なゲームのはずだ!」と思い込んでしまうと、がっかりすることもあるかもしれません。時代も含めて名作なのです。

③レトロだから良いのではなく、ミニマムデザインだから良いのかもしれない
「FC音源は今にはない味がある」「昔のゲームにはシナリオに想像の余地があった」というような話は、世間ではよくされていると思います。しかしこれに関しては、それだけで話を終わらしてはいけないのではと個人的に思いました。

FF3は表現の制限下で制作されています。PS4で発売されたFF15のように、オープンワールドでもAIを搭載しているわけでもありません。

しかし最小限の表現は、重要な部分をはっきり見せられるという強みがあります。3音の「悠久の風」はメロディラインが印象的ですし、グラフィックの色数が少なくても造形や色合いにこだわりが見えます。シナリオは確かに展開が早急かもしれませんが、序破急をしっかりと守っています。

こうった最小限の要素で構成されたことで、ゲームコンセプトをプレイヤーにダイレクトに使えられたことこそが、レトロゲームの真の強みではないかと思います。言うなればミニマムデザイン。古いから良いのではなく、構成する枠の小ささが、ゲームの良さを引き立たせた要因なのではないでしょうか。


と、こんな感じです。洗練されてないゆえに辛い部分もありましたが、FF3はとても良いゲームです。ゲームを作る身として、プレイを通していろいろ勉強になりました。ではでは。

2017年3月9日木曜日

『芥花』記事のあとがき&おこなという少女の物語についての考察。

どうも、ノンジャンル人生です。先日もぐらゲームス様にて、『芥花』の記事を寄稿しました。とは言っても先月ですけどね…。ちょっと今年の冬はまったくダメなカンジがするので、春まで力を蓄えたいところです。


というわけでいつも通りあとがき。
『芥花』は「フリゲ2016」で高い評価を受けていたのは知っていましたが、触ったのは1月に入ってから。拷問というテーマなのでキツめの内容かと思いきや、繊細かつミステリアスな展開が待ち受けており、一気にのめり込んでしまいました。

デスゲームを題材にしたホラー『徒花の館』が近い時期に配信していたので注目度がやや分散されていた感はありましたが、ゲームとしてはまったくの別物です。ADVチックであれど『芥花』はやはりRPGとしての魅力が詰まった作品だと思いました。(徒花の館の記事はこちらをどうぞ)



記事に書いた通り物語や戦闘が素晴らしい本作ですが、それだけでなくユーザビリティの高さもポイントだと思います。物語・探索・戦闘という楽しみを削がないために、余計なものは徹底的に省いているのが見事。例えばRPGのお約束であるレベルがないのにも関わらず、本作にとってまったくマイナスになっていません。プレイヤーが最終決戦に勝てるよう、戦い方を学習させるための最小数の戦闘を過不足なく用意しています。一方必須ではない雑魚戦は、それでも戦闘が苦手な人のためのアイテム稼ぎ用として完全に割り切られており、上手い人から苦手な人まで遊ばせるようバランスが取られています。

必要な戦闘のみで構成されているため、物語のスピード感を削ぐことなく、プレイヤーを没頭させることに成功しています。緩急のある展開と散りばめられた謎のおかげで、中だるみすることなく進められました。戦闘自体も戦う悪魔の個性を活かした戦法を取ってくるので、物語と戦闘の融合具合もバツグンですね。

一方戦闘のないビョウドウ編は、じっくり考えることが出来る進行で、ミステリーの魅力を存分に発揮していました。このトリックは面白いなーと思いました。芥花という作品ならではの回答だと思います。

今回記事にできて本当に良かったです。ゲーム制作の勉強にもなりましたし、卓越した物語構成にドキドキしながらプレイしました。なにより皆カワイイ!!喋らない系主人公の芥花ちゃんも、意外に表情が豊かでキュートです。あと、イングリド様が楽しそうで何よりです。





以下ネタバレ(ガチでネタバレ語るので全編未クリアの方は見ないでね)

2016年12月18日日曜日

2016年末に、ターン制RPGをもう一度考えてみる

どうも、ノンジャンル人生です。
もう年末ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

最近はいくつかフリーの短編RPGをプレイしました。そこであらためてターン制RPGに関して考え直してみる必要があるんじゃないかと思い、キーボードを叩いています。

以前このブログで、ターン制RPGの問題についてという文章を書きました(書き慣れていない頃なので、文章の出来がイマイチなのですが)。要は、リアル化するグラフィックとのちぐはぐさが出るため、時代遅れのシステムの象徴とされていること、一方でターン制RPGにはまだまだ可能性があることを軽く書いています。

で、近況はどうなのかというと、最近発売された『FINAL FANTASY XV』や海外製オープンワールドRPGは戦闘がアクション化し、『ペルソナ5』や『サガスカーレットグレイス』はターン制のままです。スマホ系もターン性が主流だと考えると、ターン制はまだまだ現役だと言えます。戦闘自体の内容も、殴る・回復するのループから脱却し、様々な楽しみ方が出来るよう構築されています。

様々なRPGをプレイし観察してきた体験を通し、あらためてターン制RPGを面白くするには何が必要か再び考察していこうと思います。今回もお付き合い下さい。

◆バフとデバフ

近年のRPGで最も見直された要素だと思います。バフはプレイヤーに有利な効果を与えることで、デバフは敵に不利な効果を与えることです。これが見直されたきっかけは、MMO(オンライン)RPGではないでしょうか。MMOは基本的にプレイヤーがひとりのキャラしか操作できないため、補助役にも活躍の場を与えるために効果を大きくしています。それが普通のRPGに逆輸入され、有効なバフデバフが増えてきたように見えます。そもそもSFC期のRPGは効果が薄すぎて存在する意味がないものが多かったので、いい傾向だと思います。

さて、ターン制RPGの場合、効果継続ターンというものがあります。例えばバフで攻撃能力を強化しても、効果が少なく持続ターンも短いようでは、プレイヤーは結局殴った方が早く思ってしまいます。また、戦闘ターンの少ない雑魚戦で与えた毒のダメージが5~10%程度だと、ほとんど使う意味もないでしょう。

そのためターン制RPGのバフデバフは、ターン数との兼ね合いが重要です。個人的にはバフデバフ効果は多めに盛ってもかまわないと思っています。なぜならプレイヤーは、自分に有利になるものを優先して使うからです。バフデバフ効果を強くすると戦闘が簡単になるんじゃないかと思うかもしれませんが、手間をかけ強い効果を得ることは、プレイヤーにとって快感であることを忘れてはいけません。

もしも効果を少なめに見積もるなら、永続効果にするのも良いと思います。持続ターンを少なめにする代わりに、爆発的に高い効果を与えるのも手です。

◆パッシブスキル

パッシブスキルはFFシリーズが早くから使っていましたが、「パッシブスキル」という名がよく使われるようになったのは近年になってからだと思います。パッシブスキルは習得すれば自動で効果を発揮するもので、単純に能力強化するもの・条件付きで発生するもの・ハイリスクハイリターンを与えるものなど様々です。

パッシブスキルの良い点は、スキルの効果でそのキャラの個性を与えられるところです。キャラクターの戦闘での役目を表すだけでなく、キャラクターの性格までも表す事があります(勇猛果敢なら、攻撃力の上がるパッシブなど)。

パッシブはターン制でもアクションRPGでも有効です。ただし戦闘中でもスキル欄に表示されていれば、じっくり効果を確認できることがターン制での利点でしょうか。


◆スキル習得の自由

上記のようなスキルを覚える際、ただレベルでスキルを習得するのではなく、ポイントを割り振って好きに覚えられるRPGは増えています。その代表例は『世界樹の迷宮シリーズ』で、キャラの役割を自分で考えて習得していく楽しさが売りのひとつです。

ターン制RPGの場合、特に雑魚戦は戦闘が短いため、毎戦がパターン化され、あまり考えて戦う必要がなくなってしまいます。しかし自由なスキル振りがあれば、例え戦闘での選択が限られていたとしても、プレイヤーに「自分で考えて戦った!」と思わせることが出来ます。

◆ターン数のバランス

先日SFCバーチャルコンソール版のロマサガ1を遊びました。このゲーム、上記のように有効なバフデバフが少なくパッシブもありませんが、それでも楽しく戦闘が出来ました。その理由のひとつに、ほとんどの戦闘が(陣形配置さえできていれば)1ターンで終わることが挙げられます。ロマサガ1は戦闘数がシナリオ進行度を決めており、クリアまでに約900回の戦闘をこなさなくてはいけません。そういったゲームの場合、もしバフデバフが必須でターン数がかかるゲームだったらいかがでしょうか?ただでさえ難しいゲームなのに、戦闘が苦痛になることは目に見えています。

多くのターン制RPGが2~3ターンで雑魚戦が終わるよう出来ていますが、必要戦闘数が多いのならば、1ターンで決着がついたほうが楽しく進められるはずです。逆にターンをかけて戦うRPGならば、総戦闘数を減らしてテンポを上げたほうが良いでしょう。事実ロマサガリメイクのミンストレルソングは、進行度の計算方法を変えて戦闘数を減らした代わりに、平均ターン数は増えています。

逆に必要戦闘回数の少ない短編RPGの場合、ターンをかけてじっくり戦うことと相性が良いです。最近プレイした短編RPG『終わり逝く星のクドリャフカ』『ラルスと白夜城のお姫様』は、雑魚戦でじっくりと考えて戦う楽しさがありました。ターン数はただ多ければいい、少なければいいわけではないことを伝える好例です。もちろん殴る回復以外することなくターン数が多い場合はダレますけどね。


以上です。あらためて見直しても、ターン制にはまだまだ進化の余地があるようでした。コンシューマだけでなく、フリゲでもそれぞれが研究が進んでいるのは大変良いことだと思います。今後ターン制はアクション系統のRPGとはまた別ベクトルへと進むのではないかと期待しています。

なんだかんだで今年も大小沢山のRPGをプレイしました。良いゲームとたくさん巡り会えて幸せです。だからといって、網羅にはまだまだ遠いです。来年も良作を見つけたと思います。それでは!

2016年10月21日金曜日

『Nintendo Switch』が発表されたので所感とか。

どうも、ノンジャンル人生です。昨日20日、ついに任天堂の新ハード『Nintendo Switch』が発表されましたね。今日はその所感でもまとめてみたいと思います。



今までは「NX」と呼ばれていた新ハード、特許や関係者からの情報で、据え置き機と携帯機の複合型であることはなんとなく示唆されていました。しかし画像リークはまったくなかったので、ずっと謎なまま時間だけが過ぎてきました。個人的に複合型は遊ぶ側としては非常にありがたいものな一方、その通りだと面白みがないかなぁ、と思っていた感じです。

で、ついに昨日の23時に発表された『Nintendo Switch』のPV。外国人達がリビングや空港など、様々な場所でゲームをプレイする姿が映し出されます。プレイするのはマリオカート、スカイリム、スプラトゥーンなど…。TV画面でプレイしていたと思えば、本体がドックから切り離され携帯機として遊んだり、複数人でゲーム機を持ち寄って遊んだり、更にはサイドの部分を外して渡してみたりと、遊び方のバリエーションの多さを大々的にアピールしています。

このPVを見て、私は素直に「あ、欲しい」と思いました。Switchのコンセプトは、ゲーマーや開発者に沿ったものであると思います。本機はWiiUのように遊び方を一つに縛ることなく、どんな遊び方も受け入れられる強みがあります。その上で、ファミコンやPSから引き継がれてきた「クラシックスタイル」のゲームが中心となるような作りであるように見ます。

DS、Wiiのような特殊ギミックゲームは凄まじいヒットを記録しましたが、正直なことを言えば、今になるともうユーザーに飽きられ気味ではないか、と感じています。それらはゲームを遊ばない世代を大きく取り込みましたが、一方でゲームファンにとしてはモヤモヤする面もありました。個人的にDSは良かったと思うソフトが少なめでした…(3DSはハードとしては特殊な部類ですが、ソフトに恵まれたと思います)。

個人的にSwitchの良かった点は、携帯機モードでもしっかりとした画面サイズであったこと、ドックへの合体がワクワクしたこと、見た目が想像以上におしゃれだったことでしょうか。逆に気になるのは、サイドのコントローラを分解して2人で遊ぶのは、やや現実的でないように思えることでしょうか。ゲームを遊ぶことに関しては、スペックを除けばほぼ理想的だと思います。逆にギミック路線やDS期を求める方からは期待はずれになるんでしょうかね。ゲーマーからは長く愛されるハードになると思います。

このPVでもうひとつはっきり分かったのが、ソニーとの方針の差別化です。任天堂がゲームをカジュアルに外へ持ち出してみんなで遊ぶことを目指し、ソニーは臨場感あるグラフィックやPSVRでゲームの世界に没頭することを目指しているように思えます。これは本当に良い傾向だと思います。ゲームという遊びをすべて同じ方針で揃えてしまうと、それだけシェアを奪い合います。ゲーム機だけで争う時代だったらそれでも良かったのですが、今はネットと言う巨大なコンテンツがあり、スマホがあればいつでも接続することが出来ます。今までの通りだと、ゲームジャンルそのものを潰しかねません。そのためゲーム体験の差別化は、ゲームのこれからを考える上での良い選択であると感じました。

あとはSwitchのソフトの話など。本機の恩恵を一番受けそうなのは、やはり「モンスターハンター」であると思います。モンハン自体も本編と携帯機版に別れ、本編が携帯機に移行してからは据え置き機ではあまりでないなど、どっち付かずな状態が続いています。しかしSwitchならば、友達とモンハンを集まって遊ぶことも、大画面でひとりで遊ぶことも、1つのソフトで可能になります。これはモンハンが抱えていた大きな問題なので、期待せざるを得ません。また「スプラトゥーン」もほぼネット対戦のゲームだったので、皆で集まり出来たなら最高の体験になるのは容易に予想できます。

そして最も気になるのが、自分が関わる分野、つまりインディーズのゲームです。近年任天堂では(後手ながら)インディーズへの取り組みを始めています。こういったゲームはコンシューマー機に移植するとき、ハードが別れると遊んでくれるプレイヤーが分散されてしまいます。そういった問題を解決してくれるのも強みだと思います。あとはどのくらい参入・開発が容易なのかでしょうかね…。特に国内インディーは今まさに表舞台に出ようとしているので、ぜひ期待したいとこです。

こんな感じが所感です。割と色々書けるもんですね。自分の場合ゲームから離れていた時期が結構長かったので、腰を据えて遊びたいと思えるハードがでてきたのは嬉しいですね。実はすでにVRも軽く体験済で、PSVRも気にはなっているんですが、ここ数年で大きな変化が起きそうなので保留中です。こちらもわくわくして待ちたいと思います。

Switchの発売日はもう少しだけ先。早い段階で買うかは未定ですが(^^;)、今から楽しみにしています。

2016年3月7日月曜日

『ゼノブレイド』と『スカイリム』を同時にプレイしてみての感想:その1

どうも、ノンジャンル人生です。
先日もぐらゲームス様にて、コラムの連載を開始しました。まさか自分がこういったものを書くなんて思いもしませんでした。縁とは不思議なものですね。良ければ、こちらからご覧ください。
さて、年末年始にかけてから手を付けたRPGが非常に多く、上手く消化しきれていません!なので整理も兼ねて、途中までプレイしたRPGの感想をつらつら書いていこうと思います。

タイトルで上げた通り、今回の話は『ゼノブレイド』『スカイリム』です。このふたつが近年のRPGの中でもトップクラスの評価を誇るゲームであることは、多くの方が知っていると思います。自分もずっと気になっていましたが、遂に機会に恵まれてプレイすることが出来ました。現在どちらも中盤に差し掛かったところだと思います。

ゼノブレイドはゼノシリーズを世に送り出したモノリスソフトのRPGで、巨神界と機神界というユニークな世界観を広大なマップで再現しています。国産RPGの集大成として、物語や進行がとても丁寧に作られております。戦闘はオンラインRPGをひとりプレイにしたような作りで、ヘイトの管理や未来視など、独自性が光ります。

一方スカイリムはThe Elder Scrollsシリーズ本編の最新作で、細部まで徹底的に描かれたオープンワールドファンタジーの最高峰として、世界で賞を総なめしています。古き好きロールプレイが徹底されており、どの組織でどんな人物として物語を進めるかを、プレイヤーの意志で選び取れることが出来ます。

先に言っておきますが、どちらの方が優れている話はしません。同じRPGのジャンルでありながらも、この二つのベクトルは全く別なので、優劣をつけることはナンセンスです。しかし、双方が特化させてきたものを比較することで、国内RPGが目指したもの、海外RPGが目指したものが何かを考えてゆくきっかけにしたいと思います。

まずはゼノブレイドのマップ所感。基本的に本作は、PS2までの国産RPGの流れを組んでいます。さらに言及すれば、FFⅫに非常に近い作りになっています。ストーリー進行に沿っていけるところが増えてゆきますが、マップの寄り道が非常に豊富です。行く必要のないところでも、行けば何らかの中ボスがいたり、「秘境」と呼ばれる隠しエリアがあったりと探索の楽しみが隠れています。エリアのバリエーションは豊富で、次のマップにたどり着くたび全く新しい経験が出来ます。

スカイリムのマップは、ストーリー開始時からほぼすべてのエリアへ向かうことが出来ます。オープンワールドによって表現された「雪に覆われた地」は、街やダンジョンへ入るとき以外は画面切り替えがほとんどありません。すべてが地続きなことと、細部表現による雰囲気作りによって、没入感が非常に高いです。背景のような高い山にも登ることが可能で、何処へどう向かうか想像し実践する楽しみがあります。

全く違うアプローチの二作のマップ。ロールプレイング(役割を演じる)ゲームの本来の意味ならば、スカイリムのマップの方がそれを体現しています。世界を構築し、プレイヤー自身が何をするのかを決めさせる。これはプレイヤーに物語を作らせることに主体を置いた、海外ならではの考え方です。「ナラティブ」という概念があるそうですが、まだ勉強不足なので、今後いろいろ調べていく予定です。

ゼノブレイドは「ストーリーを楽しむ装置」であった国産RPGのマップを大幅強化したものです。この流れはFFシリーズが作り上げたものと言っても過言ではありません。プレイヤー=自分の分身ではなく、名前があり自分で考え発言するキャラクターを操作してゆきます。時にあなたの行きたい場所とは全く違う場所へ向かうこともあります。自由度の面で海外ゲームにはかなわない代わりに、全てのプレイヤーに同じ物語をじっくり見せることが出来ます。

共通点を挙げるならば、双方のマップともとても美しい作りをしています。この「美しさ」は解像度やテクスチャの事を指しているわけではありません。デザイナーがその世界にあるべき者たちの息吹を表現したことで生まれた美しさです。まだプレイしたことのない人は、ぜひ動画で体験すると良いと思います。

(重いのでリンクのみ)
ゼノブレイド フィールドまとめ(ニコニコ動画)

スカイリム日本語版 公式PV(YOUTUBE)

戦闘画面も大きな違いがあります。どちらもマップから戦闘がシームレスに始まりますが、ゼノブレイドの場合は画面に様々な情報が表示されるのに対して、スカイリムにはHPや位置ナビくらいしか表示されません。前者はゲーム的表現を全面的に出しているのに対し、後者はリアルに近づける画面作りに徹しています。没入感のある画面はプレイヤー=分身だからこそ活きる表現です。より自分が実際に冒険しているような感覚を得ることが出来ます。

それならば情報の多い画面作りは悪い表現かというと、一言にそうだとはいえません。プレイヤー=分身でないならば、没入感を高める必要性が少ない分自由な画面表現を作れるのです。実際国内RPGはエフェクト関係がよく作られています(例えばダメージポップなどもこだわりが見れます)。小さなゲーム的表現による快楽を累積させることで、没入感だけでは味わえない楽しさを得られるのです。

・・・とりあえず今回はここまで。戦闘、世界観、キャラクターなど、語れることはたくさんあります。しかし冒険はまだ途中。次回はいつになるか分かりませんが、双方の魅力をうまく紐解けるといいですね。

※ちなみにゼノブレイドはNew3DS版、スカイリムはPC版を遊びました。


2016年1月11日月曜日

考察!なぜRPGの主人公の村は焼かれるのか?

※投稿日がおかしくなっていますが、正式な記事の公開日は2016年1月30日です。

どうもノンジャンル人生です。様々な方の「THE GOLDEN FRONTIERS:序幕」プレイ報告をお聞きし、大変感謝しています。本編の製作も励んでいこうと思います。

そういえば去年new3DSLLを購入しました。ずっとやりたかった「ゼノブレイド」の携帯機版をプレイ中です。こりゃ楽しいですね。でかいやつに挑んで死にまくり、高い所から落下して死にまくっています。あとは「モンハンクロス」、初モンハンですが楽しいです!クック先生50体狩りました。


で、今回は個人的にずっと気になっていた話題をしようと思います。それは「村焼き」です!

・・・はぁ?
っという声が聞こえてきそうですが、もう少しお付き合いください(^^;)

ファンタジーの物語では、平和な村が敵対する者たちによって焼き払われるという展開が多く見受けられます。ある時は巨大な帝国の陰謀で、ある時はモンスターの襲撃で、小さな村に火を付けられ、跡形も残らないという展開がなされます。

日本のRPGにおいても例外でなく、特に主人公が暮らしていた村が焼き払われ、それをきっかけに冒険へ旅立つケースが多々あります。例えば有名なRPGだと(ネタバレにより反転!)『ドラゴンクエストⅣ』『テイルズオブファンタジア』『ゼノギアス』が挙げられますね。容赦なく焼かれる(または焼かれた後の)村を見て、幼少期にトラウマになった人もいるかと思います。

ではなぜRPGの主人公の村はわざわざ焼かれなくてはいけないのでしょうか?この謎を、シナリオの観点から考察してみようかなと思います。(あくまでも一考察なので、これが答えだというものではないですが)

①ピクサーのシナリオの法則から見る、村が焼かれる意義

…ピクサーと村焼き。なんかこの組み合わせ、業が深い感じがしますね。もちろんピクサー作品で村焼きが行われたという話ではないですよ(全部は見てないので、実は行われているかもしれませんが)。お伝えしたいのは、ピクサーが提唱するシナリオの書き方を見ると、「村焼き」は物語の進め方として合理的ではないかということです。

まずはこちらの記事をどうぞ。

はてなブログ:Gamers, Be Ambitious様
ピクサーの「脚本の書き方講座」が素晴らしかった

いかがでしょうか?この記事でピクサーはシナリオにおいて、

「主人公には弱点がある」
「嵐雲を起こす」
「大切なものを失う」
「主人公に屈辱を与える」
「主人公を岐路に立たせる」

ことの大切さを語っています。物語の発端において事件を起こすのは、シナリオを書く上での鉄則となっています。その中で主人公が大切なものを失うということは、失ったものを取り戻すという、主人公が行動する強い動機付けになるのです。

主人公の村が焼かれる展開も、この法則にのっとって進んでゆきます。村で平和で暮らす主人公は、けして心身が強い人物ではありません。外敵からの襲撃により、なすすべなく自分の故郷を焼かれて失い、主人公は失望します。居場所を失い、彼は否応なしに旅立つかどうかの選択に立たされるのです。

一見ただのお約束の展開のように思える「村焼き」ですが、実はシナリオの法則をしっかり守っています。シナリオの法則は、見る側を惹きつけ、序盤で飽きさせないためのメゾットでもあります。また、物語の基礎がしっかりしているため破錠しにくく、書く側にとっても扱いやすいというメリットもあります。

ただし、ピクサーのシナリオと村焼きの展開では、一点大きな違いがあります。それは焼かれた村は取り戻すことは出来ないということです。そうなると失ったものを取り戻すという動機付けが出来ないので、主人公の動機は別のものに変わります。例えば、村が焼かれた時に攫わせた人や物を取り戻すことや、村を焼いた人物や組織への復讐することに移行するのです。目的を見つけるまで、主人公が放浪するパターンもあります。

最終的には平和を取り戻すことが大目標なので、広義ではこの法則からは外れてはいません。しかし完全に失われてしまうものがあることで、冒頭から強烈なインパクトをもたらすことが出来ます。こういった面を考えると、物語冒頭で村が焼かれることが、いかに合理的であるかが再確認できますね。

②村が焼かれることで起こる、強制的な自立

日本のRPGと欧米のファンタジーRPGと比較すると、日本では18歳に満たない少年を主人公になるケースが大多数を占めています。これはRPGが最もよく売れていた時期に、メーカーがRPGを小中高生向けて販売展開したことが大きいのだと思います。主人公をプレイヤーの年齢に合わせることで、より感情移入させるのが狙いだったのでしょう(現在だとプレイヤーの年齢幅が広がって、あまり意味はなくなったと思いますけど)

しかし経済的、または精神的に自立していない少年が、理由もなく冒険し始めるのは不自然です。ファンタジーRPGの世界では一歩外に出ればモンスターに襲われるため、意味もなく旅をするのは危険でしょう。

さて、そういった主人公を冒険に誘わせるにはどうすればいいか。その最も手っ取り早い方法は、主人公を保護する居場所を取っ払うことです!経済を支援してくれる家、自分を慕ってくれる友人、外敵から守ってくれる街、そういったものがなくなった時、主人公は自分の身を自分で守らなければいけません。

村が焼かれると、そういったものを一気に取っ払うことが出来ます。全てを焼きはらうことも出来ますが、あえて主人公以外の生き残りを設定することで、より綿密なドラマを生み出すことも出来ます。

一見強引な方法かもしれませんが、①の法則との合致により、意外なほど説得力が出ます。また、この方法だと村を出たことのない少年の視点から物語を描けるので、プレイヤーと同じ視点で世界観を見せられるメリットもあります。

③「炎」という存在の恐ろしさを見せつけるための村焼き

RPGにおいてたまに問題となるのは、魔法を手軽に使えすぎて、魔法の価値が下がるということです。例えば現実の炎はちょっと触れただけで火傷になり、治癒には長い時間がかかります。しかしゲームの中だと分かりやすく強さを表現するために、強力な呪文を数秒のコマンド決定で実行することが出来ます。もちろん回復も数秒です。こういった風に手間いらずで魔法を使えてしまうと、プレイヤーに「魔法はダメージを与えるための存在」として認識させてしまう可能性があります。

そういった時の対処法として、イベントで魔法の威力を表現するという手があります。例えば、主人公がお使いで村を離れている間、村が魔法使いに襲われて焼き払われたとしたら。普段はエフェクトとダメージでしかない炎が、イベントとして使われることで恐ろしいものとして表現されるのです。

これは他の属性魔法でも表現できますが、やはり炎は被害の大きさと赤という強い色彩によって大きなインパクトを与えることが出来ます。

例え火を放った方法が魔法でなくても(兵器や放火など)、炎を強く見せることで、相対的に火の魔法の価値が上がります。また、火の魔法の価値を高めることで、他の同威力な魔法の価値も高めることが出来るのです。

~~~~~~~~~~
いかがだったでしょうか?村焼きをただの演出表現のパターンと捉える方もいらっしゃるでしょうが、その演出にも物語に与える大きな役割があることが分かります(もちろん一考察ですが)。RPGでは、「村を焼かれる」というきっかけから深いドラマが生まれ、名作と呼ばれる作品が次々誕生しました。あくまで今回の考察は「主人公の村」に絞りましたが、主人公に限定しなくても沢山の「村焼き」を行った名作が発見できます。(ネタバレにより反転!)RPGの村焼きで忘れていけないのはファイナルファンタジーⅣと幻想水滸伝Ⅱでしょう。

これを機に、あなたもぜひ村を焼いてみませんか?あなたもRPGのドラマを深く考察してみませんか?きっと新たな発見があるはずです。



2015年10月2日金曜日

RPGのマップの「動線」を考察してみよう!

こんばんは、ノンジャンル人生です。
先日TwitterでRPGのマップに関する話題がありました。そこから「遊びやすいマップとは何か」という議論が生まれ、フォロワーの方と様々な意見を交換し合うことが出来ました。おかげさまで自分にはない発想を知ることが出来ましたが、そこでふと思ったのが、
ということです。
「動線」とは建築デザインから知った用語で、「人がどう動くかを示した線」のことだそうです。例えば家の中なら「食卓」や「トイレ」など人が多く往復する場所には線が密集し、あまり使わない部屋の隅などは線が通わない傾向があります。これを意識して建物をデザインすることで、利用者の余計な歩行量を減らして快適さを生むと言われています。

もちろんこれは現実の建物の話ですが、普段何気に通っているゲームのマップにも同じことが言えるのではないでしょうか?よく思い出してください。

多くのRPGで宿屋は町の入口近くにありませんか?

これは偶然皆がそこに配置したのではなく、快適さを求めた結果この場所に置かれるようになったのです。(各々が意図的なのか無意識なのかは不明ですが)

RPGのマップって、実は重要なゲームデザインが隠されているのではないでしょうか?今回はこの「動線」を考察していこうと思います。一応ツクール製RPGの見下ろし型マップを想定した話ですが、考え方次第では3DRPGや他ジャンルにも応用できると思います。

2015年7月2日木曜日

なぜRPGの『毒』は役に立たないのか?

7月ですね。どうも、ノンジャンル人生です。FEif欲しいんですが、いろいろあって買うことが出来ません。NEW3DSLL白も欲しいです。ツクールのVXAceも欲しいです。イカもやってみたいです。買えません。哀れ。

で、今回はRPGにおける『毒』について考察しようと思います。ほとんどのRPGで序盤から登場する状態異常としておなじみですね。ちょっとずつ減ってゆくHP、歩くと画面が点滅してうざったいと思った人は多いと思います。余計に買っておいた毒消し用アイテムをちまちま使いながらダンジョンを攻略することは、もはやRPGの定番・お約束と言えます。

ただ、それはあくまでモンスター側がプレーヤーキャラに使う時の話。プレイヤーがモンスター側に攻撃手段として使う『毒』について疑問に思われたことのある方はいらっしゃるでしょうか?よくRPGでは毒状態にする魔法を覚えますが、覚えたきり一度も使ったことのない人は結構いるはずです。理由は、多くのRPGの『毒』は致命的なほど役に立たないから。少ないダメージ、ボス戦での成功率の悪さなど、さまざまな問題を抱えているのが毒なのです。そんな毒について、詳しく紐解いてゆこうと思います。今回も長めです。


毒というとドラクエのイメージを思い浮かべる人は多いと思いますが、実はドラクエには相手に毒を与える呪文は存在しません。「どくの息」という特技はありますが、プレイヤー側の技としてはシリーズでもマイナーです。一方FFだとポイズンやバイオという魔法があります。前者は毒のみをかける魔法、後者は毒+ダメージの魔法です。他の有名RPG、無名のRPGでも魔法使いが毒魔法を習得するケースは多いです。

しかしその割に使ってもらえない毒魔法。その問題はダメージの計算方法にあります。多くのRPGでは毒のダメージを「HPの割合」を元に計算しています。例えば「HPの10%前後のダメージを与える」のパターンだと、HP100のキャラクターは毎ターン10のダメージを受け続けることになります。しかし一般的なRPGの雑魚戦は1~3ターンほどで終わってしまう傾向にあります。その場合わざわざ少ない、かつ遅効性のダメージのために一回分の行動を割く必要があるのかという問題に直面してしまうのです。

もっと具体的なことをあげます。例えばHP100ほどの敵が三体いて、それに対し味方が三人いるとします。大半のRPGだと1ターンに一体以上は敵を倒せるように設計されています(あまり一体にターン数がかかると、プレイヤーは投げ出してしまうからです)。そうなると味方ひとりあたりのダメージの期待値は最低でも30~50ほど。それと比べると1ターン分の毒の10ダメージはあきらかに小さすぎます。さらに敵のHPが200に増えると期待値は100に対し毒は20、300に増えると150に対し30と、どんどん差が開いてしまいます。これがダメージの低さを感じる原因なのです。

じゃあだったら毒でHPが減る割合を大きくすればいいかというと、それはそれで問題が発生します。例えば期待値と同じ30~50ほどのダメージを与えるためには、HPの30~50%の割合で減らし続けなければいけません。そうなると、今度はプレイヤー側が食らう毒のダメージが大きくなりすぎてしまいます。ダメージと毒の両方の回復にリソースを回さなくてはいけなくなり、攻撃に手を回すことが出来ません。安直に割合だけ増やすのは、自らの首を絞めるだけになります。


一方ボス戦に目を向けると、ボスに毒の状態異常が成功しないケースが多いです。毒に完全耐性を持っていることも少なくありません。HPが多いボスならば毒を有効に活用できそうですが、わざわざ失敗するようにしているのには理由があります。例えば先ほどのようにHPの10%の割合でダメージを与えられるとします。そうなるとHPをゼロにするには10ターンかかります。この場合、最適な作戦は、ただ10ターン防御し続けることです。こうすればプレイヤーが何も考えなくても敵は勝手に倒れてくれます。シンプルですが非常に強力な作戦です。しかし、RPGにおいて華であるボス戦すべてでこの方法で勝利できるとしたらどうでしょうか?どんな相手でも同じことをすればいいだけなので、ボス戦がとてもつまらなくなるのが目に見えて分かります。だから毒は効かないのです。


こういった問題があったため、毒は役に立たなくなってしまいました。毒魔法を習得しても魔法欄に置物のようになってホコリをかぶっていること、ありませんか?個人的に、せっかく習得しても役に立たないならつまらないなと思います。ならば逆に、今度は毒を有効に活用した例をあげようと思います。

毒の見直しで有名なのは『世界樹の迷宮』。このゲームの毒はHP割合ではなく固定ダメージに変化しています。そして恐ろしく強い上に序盤から猛威を振るいます。そして自身が使えば強力な戦力にもなります。被ダメージ量は多くても、もともと緊迫感のあるダンジョン探索が売りのゲームなので、このゲームとの相性はバッチリです。(世界樹はPQしかやったことが無いため、詳しい解説が出来ないのが残念です^_^;)
※追記:世界樹の迷宮Ⅳを2016年にクリアしました。毒の使い勝手は最高でした。強力な固定ダメージであり、ボスにも有効、なにより使っていて楽しかったです。

先日プレイしたフリゲRPG『嘘つきジニーと磔刑の国』も、良く考え抜かれていました。今作は毒ではなく「衰弱」という名前(効果は実質毒)。状態異常には深度というものがあり、何度も衰弱技を使って深度を上げると、その分与えるダメージが大きくなるというもの。ボス敵にも有効、それどころか相手によっては必須といえるほど強力な火力を発揮するのが面白いなと思いました。短編かつ高難易度RPGなので、興味をもった方は触ってみるのをオススメします。

嘘つきジニーと磔刑の国

その他のRPGでも、HPだけ多い敵への対策手段として毒が有効だったり、一部のボス敵に効いたり、能力値減少の追加効果があるなど、しっかりと設計されているゲームもあります。効果や有効な場面を考えれば、毒をゲームを面白く要素として活用できるのです。

いかがだったでしょうか。RPGにおいて何気なく存在する毒にも、面白いほど考察の余地があります。作る側にはぜひ再検証してもらいたいですし、プレイヤーもゲームごとに役に立つかどうか考えてみて欲しいですね。



おまけ
現在自分が作っているフリゲ用RPGでも毒のダメージ計算の見直しをしています。具体的には、毒を食らった側の「力(STR)」の値をダメージに出来ないかというものです。まだまだ実験の段階ですが、今のところバランス的に良好です。雑魚戦では優秀なダメージソースになる上、ボスでもダメージがインフレしません。屁理屈的には、力有り余っている奴はダメージ受ける量も大きいって感じです。もうちょい調整しつつ、面白いゲームができるよう仕上げたいと思います。



2015年6月25日木曜日

RPGの未来はどこへ向かっているか

どうも、ノンジャンル人生です。今回はRPGの未来がどこへ向かっているかについてぼけーっと考えたことを書いてみようと思います。今回はちょっと長いです。


現在は2015年。RPGが絶頂期に至ったのは今から20年前です。PCに海外のRPGが輸入された黎明期から、FCでだれでも遊びやすいように作り直され、SFCでブームは加速しました。その後PSでグラフィックが3D化で世界を驚かせ、PS2では更にハイポリゴン化と、順風満帆な道を歩んできました。

ドラクエFFのスマッシュヒットとともに、一大ムーブメントとしてゲーム業界を牽引していきたRPGですが、いつからか暗雲が立ち込めはじめます。ゲームの進化にともないRPGの製作期間、製作費用がかさみ、採算が取れなくなってゆくのです。

それ以降各社は戦略をそれぞれ転換し、RPGには本流が消滅しました。FFナンバリングタイトルの発売が遅れてゆき、ドラクエナンバリングタイトルがPSハードから任天堂ハードへ移行し、次世代機の新規RPGはXBOX360に発表されました。PS2以降続編が途絶えたタイトルが増え続け、一方携帯機ではリバイバル作品やダンジョンRPGが発売され続けています。PS3には他ハードの移植タイトルが集まり国外RPGの人気も増してゆくも、PS4が発売されたためにソフトによって対応ハードがバラバラになりました。MMOはより一般化しましたが、それでも誰もが遊べるゲームにまでは至っておりません。このように状況がどんどんカオス化していることがよく分かりますね。

こうなった結果、RPG自体昔のような売上や話題性を持つことが出来ず、非常にくすぶった状況にいます。他のジャンルのゲームよりはまだまだ人気を保っている方だと思いますが、100万人いたRPGプレイヤーも今では30万から10万人ほど、減った量も相当多いはずです。しかし、それでも多くの方が面白いRPGを待ち焦がれています。

このまま消えていくのではないかとの心配もありますが、一方で新しい可能性にワクワクすることもあります。

去年大ヒットした「妖怪ウォッチ2」はRPGとしてあまり認識されていないかもしれませんが、ユニークなキャラクターや世界観で成功した好例であると思います。ドラクエやFFだってRPGだからヒットしたわけでははありません。世界観やストーリーが話題となり続けてここまで認知されるようになってきたのです(クロスメディアも成功の理由ですね)。絶頂期までのRPGのイメージが強すぎるので、プレイヤーも「こうでなければならない」と思い込みがちですが、新しいゲームを生み出すための下地としての機能さえすれば、実はいままでのRPGの枠に縛られる必要などないのです。

また、スマホRPGも他ジャンルと合体して成功した例のひとつです。しかし一度確立した「パズドラ」という商法に対し、横のバリエーションが増えるばかりで、進化・改善が見えてこないのが気にかかります。

まったく新しい遊び方という視点で現在世間から注目されているのは、現実とゲームのリンクです。ひとつはヴァーチャル・リアリティによる実際に冒険でしてるように遊ぶ方法ですが、如何せんしばらくは割高な状況が続くと思います。もうひとつはNFCなど現実のフィギュアなどをゲーム機に読み取らせてリンクさせる方法です。こちらは任天堂のamiiboが先にヒットしていますが、RPGにおいても同じようにヒットする可能性を秘めています。今後レベルファイブが「スナックワールド」というゲームを発売する予定ですが、それだけに終わらず他メーカーでもどんどん続いてほしいと思っています。(ただしやり方しだいでは利点の少ない終わらない課金という流れにもなるので、注意深く見守る必要がありますが)

もちろん新しいものが、それまでのRPGプレイヤーをすべて満足させられるとは限りません。彼らは彼らのゲーム哲学があり、取り込むことは一苦労だと思います。これから出るアイデアが小粒なものでは、RPGブームの再燃は難しいでしょう。それでも作り手側が情熱を持てるなら可能性はゼロではありません。RPGではないですが、WiiUの新規IP「スプラトゥーン」が世界で100万本ヒットしたことを考えると、けして不可能とはいえませんね。大変な道ではありますが。

個人的に注目しているメーカーはレベルファイブアトラスです(アトラスはカオス期にコンスタントにRPGを出し続けましたね。ノウハウは他メーカー以上だと思います)。スクエニもE3で「Project SETSUNA」を発表しましたが、こちらはどうなるでしょうか?こういったメーカーと比べるのはおこがましいですが、自分も面白いゲームが作れるよう精進したいですね。

RPGを取り巻く状況は確かに不利になっています。それでもRPGを愛する人が多いことを、今年のE3の「FFⅦ」の発表で実感した人もいるのではないでしょうか。業界事情のしがらみもあるでしょうが、あらゆる作り手は面白いものを求めて欲しいです。最低でも、自分は最高のRPG体験を待っています。


2015年5月23日土曜日

「ネフェシエル」「イストワール」「魔王物語物語」:プレイヤーを惹きつける迷宮の魔力を読み解く

 どうも、ノンジャンル人生です。
 最近は暑いですね。5月だとは思えない気温です。そのうち雨の季節で滅入るかもしれませんが、できるだけ楽しいことをしたいですね。

 で、このたびフリーゲームRPG「イストワール」をクリアしました!「ネフェシエル」「魔王物語物語」を立て続けにプレイして、これをやらないのはもったいない!という気持ちになったのでプレイした次第です。いや~、お疲れさまでした。古参のフリゲRPGユーザーなら知っていると思いますが、このイストワールはネフェシエルの姉妹作であり、魔王物語物語に大きな影響を与えたゲームです。フリゲダンジョン探索型RPG三部作(勝手に命名)とされる作品の中でも、最もボリュームのある作品ではないでしょうか?

 イストワールの紹介はまた後日行うとして、今回はこの三作の魅力を紹介しようと思います。名作とは名高くても、古い作品・難しい作品と聞いて手を出していない人もいると思います。そんな人向けにゲーム内容を解き明かしつつ、その背景を考察しようと思います。ちょっと長文になるかもしれませんが、気楽にお付き合いくださいm(_ _)m





 簡単な説明をすると、これらのRPG達は普通のRPGとは遊び方が違います。例えばドラクエFFなどの有名作だと、

まず街などの拠点で装備を整える

ストーリーやクエストで指示されたダンジョンヘ向かう

敵を蹴散らして目的を達成する

次の目的が指示される

繰り返し・・・

という感じだと思います。しかし、イストワールなどではこれらのルール通りにプレイすると大抵挫折します。まず根本的に雑魚モンスターが強いのです。基本的にダメージが大きいので手当たり次第戦闘を繰り返すと回復手段が尽きるようなバランスになっています。そのためプレイヤーにはいかに敵との戦闘を避けるかが要求されます。これらのゲームではシンボルエンカウントが採用されており、マップ上の敵の動きを見切れれば避けられるようになります。ダンジョンには他にもたくさんのトラップが仕掛けてあり、プレイヤーが油断すれば簡単にゲームオーバーになる作りになっています。

 ここまでの話だけ聞くと、「そんな難しいダンジョン潜って何が楽しいの」って声が聞こえてきそうです。しかし、ダンジョンには一般的なRPGとは比べ物にならないくらい大量の装備品が設置され、レベルアップのステータスよりも装備の能力上昇値が優遇されています。また、属性や状態異常耐性が綿密に設定されているので、大量の装備にそれぞれ重要な価値があります。結果、危険を冒してダンジョンに潜れば潜るほどプレイヤーキャラが強化されてゆくのです。更にダンジョンにはたくさんの隠し部屋があり、それらを発見した時の嬉しさはなかなかのものです。それ故に無謀にもダンジョンに突撃し、ぎりぎりのところで帰ってこれなくなったプレイヤーが後を絶ちません。しかしそれでも再び挑みたくなるほど魅力がこれらのダンジョンにはあります。名作と呼ばれる所以がそこにはあります。(ちなみに魔王物語物語は属性がなく独自の戦闘ルールになっているので、他の二つとは違ったゲームバランスになっています)。


 また、自由に進められる物語も魅力のひとつです。三作とも特徴として「あっちを行け」「こっちを行け」という指示は少なく、移動の制限もゆるやかです。そのためプレイヤーが自分でルートを考えて攻略する楽しさがあります。イストワールは三作の中でも特にその傾向が強いですね。

 そして物語のもう一つの特徴として「断片的な話をプレイヤーが自ら拾い上げ、考察させる」という面があります。これらの作品では誰かが長々と世界観を語ったりはしません。あらゆる情報は出どころが限られ、断片的に示されます。プレイヤーはそれらを自らの頭で整理していくこととなります。どの作品も世界観が非常に深く、考察すればするほど物語の深みにはまってゆきます。ただし,一般的なRPGのようにゲームを進めさえすれば物語を順当に見れるものと勘違いすると、イベントが少なくてがっかりしてしまうかもしれません。


 確かにこれらはとっつきにくいゲームです。誰もが楽しめるゲームではないですし、ルールが分からずにすぐやめた人結構もいると思います。しかしそれでも未だ名作として語り続けられているのには理由があります。それはこれらのゲームが一般的なRPGのカウンターパンチとして存在していたからではないかと私は思うのです。

 ネフェシエル発表当時は2002年。PS2でファイナルファンタジーⅩが発売された翌年です。RPGは高グラフィック化し、イベントデモやムービーを多々使った「見せる」物語が流行しました。これらはRPGの人気を更に推し進め、RPGはゲーム界の頂点に君臨していました。しかし一方で、古典的RPGにあった自由な探索や情報収集の要素は鳴りを潜め、映画に近い内容に違和感を感じたプレイヤーもいたはずです(それでもFFⅩは名作ですけどね)。そういったゲーマーが向かった先は、当時まだ一般に普及してなかったインターネットです。マイナーな人が集まって面白いことをする世界であったインターネットで、フリーで遊べるRPGが発表され、普及しているRPGから削ぎ落とされた魅力がそのゲームにあったとしたら。ある意味絶妙なタイミングで発表されたからこそ、これだけ語り継がれたゲームになったのだと思います。(当時の状況はあくまでも予想です。実際ver.2.0以上更新されていることからも、紆余曲折があったのだと思います。ここらへんは古参ユーザーにぜひ聞いてみたいですね)

 ネフェシエルが作り出したカウンターパンチはイストワールに、イストワールから魔王物語物語に引き継がれ、現在のフリゲに多大な影響を与えました。インターネットが一般に普及し、実況動画でフリゲが多く注目される今、これらのゲームはフリゲ界に礎を築いた立役者でもあります。(イベントが少なく画面に華がないので、これら自体は実況向けではないですが・・・)。確かに市販のRPGより難しく粗もありますが、ここでしかない体験が確かにあります。フリゲなので合わなかったら辞められるだけの懐の広さもあります。もしも興味が出たら、ぜひ今すぐやり始めましょう。冒険があなたを待っています。

(ちなみに更に歴史を辿ると「禁術と呼ばれる術」というゲームにたどり着くそうですが、如何せんRPGツクール95と古すぎるのが難点・・・)

次回、イストワールに続く・・・

【おまけ】
モグラゲームさんの紹介記事
定番!おすすめフリーゲームRPG作品13選

ゲームダウンロード先のリンクもこちらからどうぞ。

追記:ネフェのダウンロード先なかったんでリンク貼ります。
Nepheshel紹介ページ - Studio Til



2015年5月5日火曜日

シンボルエンカウントを作るときに気をつけること

 どうも、ノンジャンル人生です。
 前回のまとめ通り、RPG作りは一応進んでます。それでも手を付けない期間も長く、制作速度は早くなったり遅くなったりを繰り返しています。目標は今年完成ですが、ダンジョン数が多いのでどうなることやら・・・。

 で、今回はシンボルエンカウントのことです。この話はツクール・ウディタなどのRPG制作ソフト向けの話ですのであしからず。


 まずシンボルエンカウントってなんぞやの話から。分かる人は読み飛ばし推奨。

 RPGにはまず2種類タイプがあります。フィールドから戦闘画面に切り替わるものとフィールドでそのまま戦闘が始まるものです。前者はコンピュータRPG黎明期からあったもので、後者はアクションRPGやMMO、最近のオープンワールド系でよく採用されるものですね。
 更に画面切り替えのある戦闘は、敵との遭遇の仕方が2種類あります。フィールドを移動していると突然見えない的に襲撃され戦闘が始まるタイプ「ランダムエンカウント」と、フィールドにいる敵のシンボルに接触すると戦闘が始まるタイプ「シンボルエンカウント」です。(他にも色々細かな種類があるかもしれないがココでは割愛)

 国内RPGのエンカウントの方式は長い間ランダムエンカウントが主流でした。ドラクエ、FFがまずこのタイプでしたし、多くの方が疑問を抱かなかったと思います。ただこのランダムエンカウント、戦闘をできるだけ飛ばして進みたいときには非常に面倒なシステムです。それに対して好きなときに戦闘をしたいというユーザーの気持ちに答えたのがシンボルエンカウントです。これを早くから採用していて有名なのがサガシリーズですね。最新のドラクエ7リメイクでもこのシステムを採用していたので、ランダムエンカウントは今後淘汰されていくと思います。カジュアル路線だとシンボルエンカウント、ハイエンド路線だとフェールド切り替えなしに進んでゆくでしょう。

 ただシンボルエンカウントは気をつけて作らないと、ランダムエンカウント以上にプレイヤーをイラつかせる原因になってしまいます。制作者はよく考えて作らなければいけません。僕がRPGを作っていて気をつけていることを書こうと思います。


【マップの広さと数】
 ロマサガ1のフィールドのシンボル数は圧巻です。物凄くワラワラしていて、まさにモンスターの巣という感じです。生態系も描けるのがシンボルエンカウントの魅力だと思います。しかし、目的地に向かうだけなのにどんどん連続で戦闘になったらさすがに萎えます。数は多ければいいというわけではありません。プレイヤーが移動するルートを考え、ときに逃げ道を設定する必要があります。狭い道ならばなおさらです。少し余裕があるくらいがちょうどいいと思います。数が厳しい道を作る場合は、それ相応の武器を手に入れられるなどのメリットを持たせたいところです。

【シンボルの動き】
 ツクールだと、シンボルの動きを結構自由に動かせます。最も手っ取り早い処理は、「ランダムに動く」、「プレイヤーに近づく」ですが、使いようによっては狭い入り口にモンスターが群がって自由に進めなくなります。例えば空欄イベントでシンボルを囲って、移動範囲を設定するのも手です。細かな移動設定をするならば、「プレイヤーの方を向いてまっすぐ突撃してくる」、「ゆっくり動くが突然近くにワープする」、などアイデア次第で面白い動きを設定する事ができます。ただし、シンボルの動きがプレイヤーより早いのは悪手です。絶対逃げられないために回避する楽しさが削がれ、進むのがただただ苦痛になるでしょう。

【袋小路に気をつける】
 マップによっては逃げ場のない袋小路が生まれることがあります。マップの行き止まりのところにいるとき、追ってきた敵が道を塞いで戻れなくなることがあります。こうなるとすべての敵を倒さなければならず、勝てない相手だと詰みます。追ってくる最大のシンボルの数と、マップのマス数を意識して配置しましょう。

【逃走後の処理】
 昔のブログでネフェシエルというフリゲの名作を紹介しました。このゲームは絶妙な位置にシンボルを配置し、プレイヤーに多くの驚きを与えることに成功しています。しかしながら、ひとつ大きな欠点があります。戦闘から逃走したとき、シンボルによっては間髪をいれずに再び戦闘が始まってしまうことです。これは逃げもひとつの手であるということを殺してしまっています。これを回避する場合、逃走後にシンボルが行動できないようにする処理を作る必要があります。(どうしてもプレイヤーを逃したくないなら、戦闘コマンドから逃げるそのものを排除してしまうこともできます)

【イベント中のシンボル停止】
 宝箱の入手時や会話時にもシンボルが近づいてきて、イベントが終わった瞬間戦闘開始だとプレイヤーは怒ります。イベント中はしっかりとシンボルの動きを止めておきたいです。



 以上を見る限りでも、シンボルエンカウントの設定の大変さがわかると思います。ツクールなどの初心者は、まずはランダムエンカウントでRPGを作ってみることをオススメします。しかし、シンボルエンカウントは大変さに比例してかなりの奥深さを持ち合わせています。ぜひ我こそ「ダンジョンマスターだ!」という人は挑戦してみてください。ちなみにシンボルエンカウントをサポートするスクリプトを公開しているサイトもありますのでぜひ探してみてください。

2015年4月1日水曜日

フリゲRPG「ふしぎの城のヘレン」 : 小さな問題を解かせ続ける価値

少し間が開きました。
記事読み返すたび、自分の話がブレブレな気がして困り果てます。

まぁ、戦術の話なのにランダム要素の部分に絞って話してしまったのは、どうしてもこのゲームについて紹介したかったからです。

RPGツクール2000で作られた短編RPG「ふしぎの城のヘレン」です。


製作者はさつ氏。もともとはVIPRPGから出てきたゲームですが、現在では世界に向けて配信されているというすごい経歴を持った一品です。このゲームを調べていくと、RPGファンから絶賛の声が聞かれることが多く、気になって僕も始めてみました。


このゲームの特徴として、

ドットがよく動く、ツクールのRTP素材のキャラクター達
・思考性が高く、ランダム要素を排除した、1対1の戦闘

が挙げられます。他にも、探索要素が高いマップや、進むにつれ謎が明らかになってゆくストーリーの完成度も高いです。

しかし、なんといっても戦闘が面白いです。
ゲームルールはだいたいこんな感じ↓

①まず主人公ヘレンは探索で剣や盾などのアイテムを集める。所持できる数は8つまで。
②戦闘では、所持したアイテムを選択して戦ってゆく。
 アイテムにはそれぞれ攻撃力・防御力・待機ウェイトが設定されている。
③選んだアイテムのウェイトが0になると、ヘレンは攻撃力の分相手にダメージを与えられる。
 ウェイト中に自分が受けた攻撃は、防御力の分ダメージが軽減される。
④行動後は再び、次に使うアイテムを選べる。
⑤敵も同じように行動してくる。
⑥先に相手を倒すと勝利になる。

 

他のRPGとだいぶルールは違いますが、触ってみると感覚的に戦い方がわかってきます。例えば敵が攻撃する前にウェイトの少ない弓で連撃し、攻撃を受ける直前に盾を使うとダメージ0で相手を倒すことが出来ます。このダメージ0はなかなか爽快。ただしこの戦法だけですべて勝てるわけではありません。

・防御しながら攻撃できる剣は、威力の弱い弓に強い
・連射性に優れる弓は、防御力の低い魔法に強い
・防御を無視して攻撃できる魔法は、攻撃の出来ない盾に強い
・防御力の高い盾は、決定打の低い剣に強い

など、アイテムごとのメリット・デメリットがあります。そして敵も同じようにいろいろなタイプの技を使ってきます。一戦一ターンごとに最善の戦い方を考える必要があり、プレイヤーに戦術性が求められてきます。攻撃は運よくクリティカルしませんし、後半になると敵はこちらの行動を見て最適な行動を選択してきます。前回の記事ではランダム要素の問題を書きましたが、これらのデメリットをほぼ解決しています。分散した無駄な行動はしてきません。そのため「たまたま勝てた」というパターンが起こりません。運の介在が少ないからこそ、相手の行動を読むことが重要になり、考える楽しさが生まれます。


このゲームを触ることで、気づいたことがありました。RPGで単純なパターンやたまたま勝てる要素が強いと、ゲームに考える要素は必要無くなり、つまらなくなります。しかしプレイヤーにさまざまな状況を与え、解決するための方法を自分で考えさせることで、ゲーム性は一気に変わります。

ヘレンの場合、与えられた問題を解くための道筋はけして難しくはありません。しかしそのシンプルさが、一戦ごとに小さな達成感を与え、ゲームを最後まで続けさせるモチベーションを生み出しています。公式サイトには「少しだけ考えるRPG」と紹介していますが、まさに、すべてのRPGが持つべき大切な要素なのかもしれません。


このブログではRPGの戦術について考察していますが、ゲームを作る上でなんでそんなものが必要なのかって言うと、プレイヤーを楽しませ続けるためなんです。「RPGのザコ戦はつまらない」という話はよく聞きますが、これを言わせてしまうことは本当はダメなんですよね。ヘレンのように小さな問題を解かせ続けることは、RPGが進化の過程で忘れてきた大切なことなのだと思います。だからこそ、それが見直されればRPGはもっと面白くなります。まだまだ可能性があるんです。

このゲームは初心者から上級者までだれでも楽しめることが出来ます。安心してプレイしてください。プレイ時間は短いため、もしかしたら遊び足りないかもしれません。でもそう思ったら、すでに作者の思うつぼでしょう。


ふしぎの城のヘレン ダウンロード先
http://www.geocities.jp/i_to_may/

ふしぎの城のヘレン プラス (PLAYISM) 拡張有料版
http://playism.jp/game/153/helens-mysterious-castle




2015年3月21日土曜日

ターン制RPGの戦術とランダム要素について

気づいた!このブログに書いてあること、全然ゆるくない!


続きです。

前回ではターン制RPGの戦術は進歩していないと書き込みました。しかし裏を返せば、RPGの戦闘はまだまだ面白くなる余地があるのです。


戦術を語る前に、まずは戦術の定義から書いてみます。
戦術とは勝つための具体的な方法のことです*1。類義語として戦略というものがありますが、こちらは勝つための総合的・長期的な計略のことを指します*2。

ターン制RPGにおいてそれぞれがどこに当てはまるかというと、

ターンが回ってきた時にどういった行動を取るのか決めることが戦術
戦闘前に装備・スキル・パーティ編成などを決めることが戦略

に当たります。

ちなみにRPGの戦略は、ハードの進化とともに様々な発展をしました。例えばジョブシステム、スキルツリーなどはプレイヤーの好みに合わせて自由に考えることができ、育成こそRPGの醍醐味だという人も多いでしょう。

それに比べ、なかなか発展できなかった戦術。前回では基本的な戦術を紹介しました。しかしこれが生かされずに、実際やっていることは「殴って回復する」だけのケースはたくさんあります。この状況を生み出している原因のひとつに「戦闘におけるランダム要素」があります。


多くの敵キャラクターの行動にはこんな設定がされています。

1.自分が使用できる技リストの中から、次の行動を一定確率で選択する
2.プレーヤーが操るキャラクターの中から、行動対象を一定確率で選択する
3.選択した行動は、一定確率で成功する

こうすることで、敵キャラは様々な攻撃を行います。技数を増やすほど敵の行動バリエーションが増え、敵キャラクターの個性を演出するのにひと役買っています。

敵がいろいろな行動をしてくるため、一見すると戦術の幅を広げているランダム要素ですが、これには大きな落とし穴があります。相手が何をしてくるかが分散すると、ターンごとの駆け引きの必要がなくなってしまうのです。

例えば沈黙の魔法を使ってくるモンスターがいるとします。沈黙状態になった味方キャラは魔法が使えません。回復魔法を使うキャラや主力攻撃魔法を使うキャラが沈黙状態になったら、かなりの痛手のはずです。しかし、実際のところそのような状況になる確率は低いです。なぜかと言うと、

沈黙の魔法を使う確率&痛手になるキャラが狙われる確率&魔法が成功する確率

上記のすべて揃わないと効果が発動しないからです。

ゲームを面白くするには、駆け引きが必要です。この行動は有効かどうか・相手にどう対策を取ればいいかを考えることは、戦闘に緊張感と達成感を与えてくれます。しかし次にしてくる行動や対象が分散すると、駆け引きが行われる前に戦闘が終了する可能性が高まります。結局そういった行動は無視して殴るだけのケースが跡を絶たないのです。

プレイヤーがいかに自分で戦術を考え、単調なプレイにならないようにするためには、敵の無駄な行動をなくし、効果的な行動を使用してくる確率をうまく調整してゆく必要があります。

だったら、確率だけをいじればいいのかというと、それにも問題があります。なぜなら確率はあくまでも目安であり、信頼できないものだからです。20%に設定した行動は、本当に5回に1回発動するかというと、実際はそんなことはないです。5回のうち0回だったり、3回だったりすることは皆さんもよく体験していると思います。

かといって、敵の行動をターンごとにガチガチに決めてしまうと、パターンがわかってしまうためゲームを単調にしてしまいます。このバランスは、本当に難しいのです。


で、戦術とランダム要素の問題に真っ向から挑んだRPGがありました。
フリゲ短編RPGの傑作「ふしぎの城のヘレン」です。
次回はこのゲームを通して、戦術の進化の先について書こうと思います。



・・・・てか、今回で話がまとまりませんでした。ゆるして。



追記:現在のコンシューマーのRPGに戦術がないということではありません。RPG界をけん引するスクエニとアトラスは、不遇だった行動(例えば盾役やステータス異常の有効性)を見直すことで、プレイヤーに様々な戦術の必要性を痛感させてきました。むしろそういった面も含めて常に考えてきたからこそ、生き残ったのかもしれません。





*1参照:コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%88%A6%E8%A1%93-88365
*2参照:コトバンク https://kotobank.jp/word/%E6%88%A6%E7%95%A5-89017

ターン制RPGの問題について

※タイトル最初のに戻しました。読み返してみたら、やっぱりこっちのほうがしっくりきます。



どうも、ノンジャンル人生です。
ちょっとRPGについて書きたいことが出来ました。タイトル通り、「ターン制RPGの問題について」です。


ターン制RPGとは、ターン毎に行動選択を繰り返して、先に相手を全滅したほうが勝ちという戦闘スタイルを持ったRPGです。この戦闘を採用したもので日本で最も有名なものはドラゴンクエストですが、RPGの古典ウィザードリィの段階ですでに使われています。ドラクエ後も様々なソフトで採用され、現在までずっと使われていました。一方で、ゲームハードの進化とともに、時代遅れのシステムの象徴と言われる節もあります。

ひとつはグラフィックとのちぐはぐさ。キャラクターの見た目がリアルになればなるほど、代わりばんこに殴っていく様子に違和感が出てくるようになりました。現実の戦闘はそんな余裕はないですし、一方的に攻撃したりされたりすることが普通です。実際、海外の大作RPGの戦闘はアクションRPG化しています。

もうひとつは戦術の停滞。RPG全盛期のSFCからPS2までにかけて、グラフィックの進化に比べ、ターン制RPGの戦術的な進歩はあまりありませんでした。

RPG戦闘での基本戦術は以下のとおりです。

HPが少ない相手を強力な技で攻撃
自分のHPが減ったら回復
ステータス上昇の支援をかけ続ける
有効であれば相手にステータス異常をかける
MPやアイテムがなくならないよう管理

シンプルで分かりやすく理にかなってます。多くのRPGが独自のシステムを持っていましたが、ここに関してはほとんど差がありません。

しかし問題なのが、それ以上の戦術性が発展しなかったことです。ほとんどのゲームの戦闘のパターンが同じなため、新しい駆け引きが生まれませんでした(もちろんすべてのゲームがそうではありませんが)。究極的に言えば強力な攻撃技と回復さえあればなんとかなり、補給が尽きなければ勝てます。他の行動のウェイトが低くなってしまい、ステータス異常に至っては、最初から最後まで使わなくても勝てるという始末です。こうなってしまうと戦術もクソもありません。

とくに爽快感のあるアクション要素の少ないターン制RPGでは、多くの戦闘はストレス要素でしかありませんでした。ボタン連打で勝ててしまい、ただ時間が過ぎることを待たなくてはいけないからです。

こうなっていった背景には、RPGがシナリオ・グラフィック・独自システムに重点が置かれてしまい、戦術がないがしろにされたことがあります。もちろん、コンシューマーは売上を伸ばす必要があり、ユーザーに好まれる要素を強化していくため仕方ないことなのですが…。


さて、これを踏まえ、ターン制RPGの戦闘はどう進化するべきなのか?
後半へと続きます。


補足:こう書くとRPGが面白みのない進化をしてきたと言っているようですが、「育成」の面では相当な進化しています。ただ、今回は戦術メインの話なのでスルーします。